大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(行ツ)58号 判決 1978年7月10日

上告人

新潟県選挙管理委員会

右代表者

平田早苗

右訴訟代理人

萩原博司

被上告人

本間幸雄

外四名

右五名訴訟代理人

栗林秀造

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人萩原博司の上告理由について

所論の各投票を候補者柴田四郎右衛門に対する有効投票であるとした原審の認定判断は、原判決の挙示する証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(団藤重光 岸盛一 岸上康夫 藤崎萬里 本山亭)

【参考・原審判決理由】

<前略>

(二) 「ホンテン」と記載された投票一票の効力について。

<証拠>を総合すると、柴田四郎右衛門の家では、祖父繁の時代である大正五年頃、旧両津町(昭和二九年に近隣の数ケ村と合併して市制を施行した時期以前の両津町)の夷に酒の販売店を出してこれを支店と称したことから、醸造元の方は「柴田本店」と称するようになつたこと、当時の佐渡地方においては支店と称する店を持つことはほとんど前例のないことであつたこともあつて、酒びんのレツテルや包装紙等にも表示された「柴田本店」の名は、柴田酒造場の恰好の商号として、旧両津一円から島内の他町村にまで流布するに至つたこと、その後、戦争末期の企業整備により一時他の業者と合体し、戦後昭和二三年には法人化して有限会社柴田酒造場となり、さらに前記のとおり昭和四〇年に高橋秀世と共同して創立した千両酒造有限会社が醸造部門を継承し、祖父繁、父四郎次のあとを継いで当主となつた四郎右衛門は個人としては酒の小売業のみを営むようになり、一方、前記夷の支店は昭和四〇年に独立して有限会社巴屋となる等の変遷があつたが、この間「柴田本店」の名は、柴田家の営業を表象する称号として、右のような事業体の変遷にはかかわりなく使用されただけでなく、営業を離れた、日常の手紙のやりとりその他の社会生活一般においても、柴田家ないしその当主を指す称号として、戸籍上の氏名に代つて広く用いられてきたこと、そして、口頭の呼称は言い易いように簡略化される通例に従い、柴田家の者は「ほんてん」の名のもとに呼ばれる習慣が、すでに四郎右衛門の幼時から一般化しており、本件選挙当時、両津市内全域とまではいえないまでも、少なくとも、地理的・経済的に市の中心を占め、有権者の三分の一以上が居住している旧両津町および旧加茂村大字加茂歌代地区一円においては、柴田四郎右衛門を知る者にとつて、特別の場合を除いては、「ほんてん」といえば同人を指す呼び名であるとして、問題なく通用していたこと、かかる現実に立つて、本件選挙にあたり同候補の陣営では、同姓の柴田金治候補との混同を避けるために、「柴田本店」の称号を強調する方針を採り、ポスター・推薦伏や宣伝カーの取り付け看板にも「しばたほんてん」・「柴田本店」の表示をして運動をすすめ、開票の結果、「柴田本店」と記載した投票が同人の得票数の三分の一に近い一三五票を占めるほどであつたこと、高橋秀世方においても、使用人にのれん分けをして分店を持たせたことから、「梅川本店」の称号が用いられるようになり、電話帳にも「梅川本店」として登載されている事実がある(なお、電話帳には「柴田本店」の記載もみられる。)が、これを略して呼ぶときは、「本店」ではなく、「梅川」というのが一般であり、他に本件選挙の候補者に「本店」ないしそれと類似の呼称を有するものはなく、選挙会において「ホンテン」と記載された投票一票を柴田四郎右衛門の得票と決するにつき、高橋秀世から推薦された開票立会人を含め、異議を唱えた立会人はいなかつたことを認めることができる。乙第八号証の記載中、右認定と牴触する趣旨に解される部分は採用せず、他に以上の認定を覆すに足りる証拠はない(両津市選挙管理委員会に提出された柴田四郎右衛門の呼称届に、「柴田本店」の記載はあるが、単なる「本店」・「ほんてん」の記載のないことも、右の判断を左右すべき事由となすには足りない。)。

「本店」という言葉が、本来は、支店・分店・出店などに対応する語として、「酒屋」と同様に普通名詞であることはいうまでもない。しかし、右に認定した事実関係によれば、柴田四郎右衛門を指すつもりで「ほんてん」というときは、それ自体を「柴田本店」の略称たる固有名詞として使用しているものと認めるのが相当であり、かつ、その呼称は、選挙区内でかなり広範囲にわたり氏名に代る通用度をもつ通称となつているものといつてよい。

したがつて、「ホンテン」と記載された投票一票は、柴田四郎右衛門の通称を記載したものとして有効と認めるべきであり、これを無効とした本件裁決の判断は失当といわざるをえない。<後略>

上告代理人萩原博司の上告理由

原判決は、公職選挙法六八条の解釈を誤り、もしくは、経験則違背をおかし、この違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

第一点 「ホンテン」と記載された投票一票は、無効とされるべきものである。

一、最高裁判所第一小法廷昭和三一年七月一九日の判決(最高裁判所判例集一〇巻七号九一五頁)は、「投票の効力に関する当事者の主張は、事実そのもののみの主張ではなく、法律の解釈適用に関する主張をも含むものであるから、裁判所は当事者の主張に拘束せられることなく、その効力の判断をなしうることは原判示のとおりであつて、」と判示している。

特定の候補者の通称であるか否かの問題も、投票の効力の判断の一環であるから、単なる事実認定の問題として切り離して考えるべきものでなく、公職選挙法六八条の解釈の問題として考えるべきものである。

二 柴田本店なる屋号が、候補者柴田四郎右衛門及び柴田家を指すものとして一般に使用されていても、単に「ホンテン」の記載のみでは、候補者柴田四郎右衛門の氏名に代る通称を記載したものとして同候補者に対する有効投票と解することはできず、公職選挙法六八条七号の規定に該当する無効投票と解すべきものである。これを同候補者に対する有効投票と解した原判決は、右規定の解釈適用を誤つたものであり、この結果、得票数の算定において、次点者浜本七右衛門の得票数が候補者柴田四郎右衛門のそれを上廻ることとなるので、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

三、本店は支店もしくは分店に対する呼び名で、もとより、普通名詞であつて、しかもありふれた一般的な言葉である。それ自体には人もしくは家を特定するに足りる固有性がない。このような一般的なありふれた普通名詞は、そもそも人の通称たりうるものではない。このような普通名詞が特定人の通称たるためには、余程の事情がなければならない。原判決の認定する事情は、「柴田本店」が候補者柴田四郎右衛門もしくは柴田家の通称であることを認めうるものであるとしても、いまだ、右「柴田本店」のうちの一部で、しかも普通名詞にすぎない「本店」が同人の通称であることを認めうるものではない。

原判決は、「柴田本店」の通用から、安易に、「本店」の通称性を認定しているものであり、論理の飛躍で、到底首肯できないところである。

また、「酒屋」も「本店」もともに、普通名詞にすぎず、本件において両者を区別して考えるべき特段の事情は認められない。

四、原判決は、「口頭の呼称は言い易いように簡略化される通例に従い、柴田家の者は「ほんてん」の名のもとに呼ばれる習慣が、すでに四郎右衛門の幼時から一般化しており」と判示している。

固有名詞の部分を残して、例えば「しばほん」の如く簡略化されるときは、なお、人を特定するに足りるものとして通称たりうることがあるが、普通名詞にすぎない「ほんてん」の部分のみで呼ばれるときは、特定性に欠け、世間に一般的な呼び名として通用することはありえない。親族、近隣、支店等限られた範囲の者において、限られた機会に、そのように呼ばれることがあるにすぎない。「ほんてん」と呼んで特定人を指すことが、一般的に誰れにでも明らかであるということは極めて稀なことであつて、本件においては、その点を認めるに足りる特別な具体的事情については何ら判示されていない。

柴田本店が簡略化されて「ほんてん」と呼ばれるということでは、いまだ、「ほんてん」が候補者柴田四郎右衛門の通称にまで転化していることを認めるに足りるものではない。

五、柴田四郎右衛門の証人調書(第一回)一〇項によれば、「ホンテンと呼ばれだしたのは、大正一〇年前後と思います。呼ばれだしたのは、祖父の経営時代に夷に支店をだしたときからホンテン・支店という区別になつたと思います、」と述べられている。

右供述によれば、ホンテンは、もともと営業上の本店と支店を区別するための普通名詞として使用されたことが明らかである。すなわち、本店だから「ホンテン」と呼ぶという本来の普通名詞として使用されているにすぎない。

原判決は、「酒屋」は職業名であつて、酒屋だから「さかや」と呼ばれるのは当然のことである趣旨の判示をしている。本店もこれと全く同様であつて、本店だから「ほんてん」と呼ばれるというにすぎないのである。

六、原判決は、「酒屋」と呼ばれることは限られた特殊な機会、範囲においてでしかないものというべく、……職業名から固有名詞に転化しているものとは、到底認めることができない旨判示している。

「ほんてん」もまた、限られた特殊な機会、範囲においてでしか呼ばれていないのである。

各証人及び原告本人の供述によれば、いずれも「さかや」、「ほんてん」について、その使用度につき同旨の供述をしていて、両者間に原判決の認めるような差異は認められない。

証人 柴田正一郎

五項 「ホンテンのシロー」とか「サカヤのシロー」とか言つております。

証人 市橋裕作

一二項 「ホンテン」の票については、「サカヤ」の票を有効とするなら、「ホンテン」の票も有効だ、ということで、皆、意見が一致しました。

二七項 柴田四郎右衛門を「サカヤ」というのと「ホンテン」というのとではどちらが強く本人を指すか、とのお尋ねですが私は同じだと思います。

二八項 「サカヤ」の票が、柴田を指すということは、加茂歌代部落と両津市の湊町、夷町の範囲で、「サカヤ」と言えば柴田四郎右衛門のところを指すということです、そして、誰れにでも判る、ということです。

三〇項 「ホンテン」がどの範囲で柴田を指すか、とのお尋ねですが、これは、旧両津町(夷、湊)の人は殆んど「ホンテン」と言えば柴田と判ります。

証人 加藤三郎

三項 同人のことを私や私以外の人も、ふだん、ホンテンやサカヤと呼んでいます。皆が集つて話をしたり飲み食いする会合のときもホンテンとかサカヤといつています。

七項 両津の港付近でサカヤという家があるかときかれたら、私は、柴田ホンテンを指していいます。これは、両津のどこでもそうだと思います。

一四項 私の住む地区やその周辺の会合でサカヤといつた場合、柴田四郎右衛門を指しています。

一七項 私は柴田のことをホンテンとかサカヤと呼び、その会合に柴田が出席していないときも、ホンテンとかサカヤといつています。

二一項 両津でサカヤといえば柴田四郎右衛門のことだが、その両津とは、旧両津町ということです。

二二項 柴田四郎右衛門の屋号は、柴田サカヤともサカヤともいいます。またホンテンともいいます。

本人 田中敏雄

四項 同姓が数軒あるから殆どサカヤのシロちやんとかホンテンの兄さんと近所の人も知人もふだんそう呼んでいるのです。

一一項 名前や屋号にまぎらわしいのがあるし、簡単な呼名がいいと思い、柴田四郎右衛門をホンテン、サカヤ、シローと大きく三つに分けて強調したのです。

二三項 柴田四郎右衛門がサカヤとかホンテンと呼ばれるのは、福浦地区の柴田四郎右衛門と付合いのある人が呼ぶということでなく、両津の中心に近いところは、私と同じように同人をそう呼んでいます。

サカヤの兄貴がなあとかホンテンの兄貴がと話にでます。

証人 野本豊

一五項 サカヤ又はホンテンと普段呼ばれています。

証人柴田正一郎は、五項において、「柴田四郎右衛門は、普段「ホンテンのニイチヤン」と呼ばれています」、二一項において、「柴田四郎右衛門のことを「ホンテン」と呼んでおります」と述べているが、同人は、柴田四郎右衛門家とは、本店と支店の関係にあるから、同人が柴田四郎右衛門及び同家を「ホンテン」と呼ぶことがあるのは当然のことである。限られた範囲内の呼び方にすぎず、これをもつて、通称認定の資料とはなしえない。

また証人加藤三郎も二八項において、「私の知つている範囲でホンテンと呼ばれて「ハイ」と答える人はいないです。私は道で柴田と会つてもホンテンと呼んでいます」と述べているが、同人は柴田四郎右衛門の極く近所でじつ懇な間柄にある者であるから、限られた範囲のものにすぎず、これをもつて、広く通称と認定する資料とはなしえない。

原告本人田中敏雄は二七項において、「私の業界の集りでは柴田四郎右衛門のことをホンテンと呼んでいます」と述べているが、これも限られた範囲における呼び方を示すものにすぎない。

柴田四郎右衛門は一〇項において、「私はふだん周囲の人から、普通ホンテンと呼ばれています。また、サカヤとも呼ばれています。そのうちどちらを呼ばれる方が多いかというとホンテンが比較的多いです」と述べているが、この供述をもつてしては、いまだ原判決の判示するように、ホンテンとサカヤとにおいて通用度に甚しい差異があるものとは認められない。そのうえ同人は、実質上の事件本人であるから、その供述はにわかに信用しえないところである。

以上の各証言によつても、「さかや」も「ほんてん」もともに、限られた特殊な機会、範囲において使用されるものにすぎず、両者の間に原判決の述べるような差異は認められない。

七、選挙運動においては、「柴田本店」、「しばたほんてん」の表示をしたものであつて、単に「本店」もしくは「ほんてん」なる表示をしたものではない。柴田本店と単なる本店とは、前述の如く、全く特定性もしくは固有性が異るものである。

「柴田本店」の表示をして選挙運動をしたことの故をもつて、普通名詞である「本店」が特定の候補者の通称となることはありえない。乙第五号証の一及び二のポスター(甲第六号証の三及び四)については、上告人の昭和五一年一〇月七日付証拠説明書に記載のとおりである。その体裁から上下に並べて一対として掲示されたものであり、氏の記載されたポスター(乙第五号証の一)のみでは、「柴田」姓の候補者が二名存在する本件選挙においては、候補者柴田四郎右衛門のための効果をあげ得ず、かかるポスターの単独掲示はあり得ない。この二種類のポスターは、選挙の期日の告示の日以後注文され、各三〇〇枚宛の同数が印刷されている(乙第六号証の別紙調査結果の4の(2)及び別添写真4)。

八、「ホンテン」と記載された投票一票を柴田四郎右衛門の得票と決するにつき、高橋秀世から推薦された開票立会人を含め、異議を唱えた立会人はいなかつたと原判決は認めており、証人市橋及び同野本はその旨の供述をしている。

しかし、証人市橋の供述は前記引用のとおりで、「サカヤ」を有効とするなら「ホンテン」も有効というものであつて、「サカヤ」とのかね合いから有効と考えていたものにすぎない。厳密に通称か否かを検討したものではなく、「ホンテン」と呼ばれることがあるから、「サカヤ」と呼ばれることがあるから、その者に対する有効票と決定してよいとしたにすぎない。そのうえ、ある候補者が「ホンテン」と呼ばれるという意見が出されたとき、そうでないと否定することは頗る困難である。自分はそういうことを知らないという知識のみでは、およそ、そのように呼ばれることがないと全面的否定の意見を述べることはできないのである。

さらに、立会人らは、「法律的に有効か無効かは判らないので、選挙長にまかせた」というものであり(証人市橋調書九項、一四項)、立会人らは、通称の何たるかを理解していなかつたものである。

また、選挙会の決定によれば、候補者柴田四郎右衛門の得票数は426.927票、次点者浜本七右衛門の得票数は四二五票、候補者高橋秀世の得票数は352.363票であつた(乙第二号証)。

「ホンテン」と記載された投票一票の効力は、「サカヤ」等と記載された投票三票とともに、開票の最後に決定されたものである(証人野本調書一四項、二二項)。

したがつて、前記投票の効力を決定する際には、すでに候補者高橋秀世は大差で落選することが明らかになつていたのであり、候補者高橋秀世の推せんの立会人は全く意見を述べる必要はなかつたものである。

以上の次第で、立会人らが異議を述べなかつたことをもつて、「ホンテン」が候補者柴田四郎右衛門の通称であることの資料とはなしえない。

九、上告人がその裁決において述べているとおり、候補者柴田四郎右衛門が任意に市の選挙管理委員会に提出した呼称届には、「本店」もしくは「ホンテン」の届出はなく、候補者柴田四郎右衛門自身、全く自己の通称であるとの認識はなかつたのである。

一〇、選挙運動においては、「しばたほんてん」とひら仮名が使用されているのに、本件投票は「ホンテン」と片仮名で記載されており、しかも、文字を書き馴れた者の筆跡であつて、「柴田本店」もしくは「しばたほんてん」と記載する能力のない選挙人の投票とは認められない。

一一、「ホンテン」類型票は、僅かに一票のみである。これが柴田四郎右衛門の通称として、原判決の判示するように広く通用していたとすれば、「柴田本店」類型票一三五票からみて、更に多数あらわれる筈である。

一二、以上の次第で、「本店」は普通名詞であつて、通称たりうるものでなく、原判決の判示する柴田本店に関する事情によつては、いまだ右普通名詞である「本店」のみが独立して、候補者柴田四郎右衛門の通称たるものと認めうるに足りず、原判決の判示する「酒屋」と同じく、限られた範囲と機会における呼び方の域を出るものではない。よつて、「ホンテン」なる記載の投票を、侯補者柴田四郎右衛門の通称を記載したものとして同人に対する有効投票と解するのは、公職選挙法六八条の解釈を誤つたものである。

かりに、通称の認定問題は、投票の効力の判断とは別個独立の事実認定であるとするならば、原判決のこの点についての事実認定には経験則違背があるものである。

第二点 <省略>

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